2016年7月26日未明。神奈川県相模原市緑区の障害者支援施設「津久井やまゆり園」で、入居者19人が死亡、26人が負傷する事件が起きました。戦後最悪の事件として、多くのメディアでも報道されました。
犯人は元職員の男
殺人の容疑で逮捕されたのが、26歳の元職員。
「クビになったから犯行におよんだ」と供述していましたが、実際は自己都合での退職ということです。
職員には一切危害を加えず、重複障害者のみを狙った計画的な犯行と考えられています。
この事件は防ぐことができたのか?
テレビやネットニュースでは「警備員を増やしたり防犯設備をしっかり整えておけばよかった」とタレントや評論家が発言しています。
確かに、万全を期すことができれば防げた事件かもしれません。
しかし、福祉の現場を知らない単なる一般論で、全く中身のない発言だと私は感じてしまいました。
福祉施設には警備強化に充てる予算が無かった
まず、多くの福祉施設には、警備員を増やしたり防犯設備を増設する予算が無いということ。
もし仮に、警備強化に充てられる予算があったとしても、おそらく職員の給料や求人募集などの人材確保のために優先されるでしょう。
そもそも、50年以上続いている障害者支援施設でまさかこんな事件が起きるなんて誰も予測できなかったはずです。
神奈川県警の判断は正しかったのか?
あえて問題点を問うのであれば、容疑者が危険人物と診断され強制入院されていたにも関わらず、直ぐに退院し、普通の生活を送っていたこと。
そして、背中に大きな刺青、衆議院議員議長へ宛てに書いた犯行予告、大麻反応など、取り締まるべき理由は山ほどあったにも関わらず、このような危険人物を野放しにした神奈川県警にこそ問題があるではないでしょうか。
事件が起きてから動く日本の警察体質。「ポケモンGO」に充てる人員があって、なぜ標的となった障害者支援施設を警備しなかったのか?
これは、施設単位の問題ではありません。テロ同然の事件として、国をあげて協議すべき問題です。
過酷な労働環境と低賃金が人を変える
重複障害者に深い差別的思想を抱き、結果的に殺人まで犯してしまった元職員の男。しかし、施設に入社した当初は別人だったと、元同僚の職員がインタビューで答えていました。
では、なぜこれほどまで人が変わってしまったのか?その答えの一つが、福祉職員のあまりにも過酷な労働環境にあると私は考えます。
夜勤は1人で30人と想像を絶する過酷な労働環境
事件が起きた障害者支援施設では、重度知的障害者や最重度知的障害者の方が100人以上、合計で150人以上の知的障害者の方が入居していたそうです。
対する職員数は常勤・非常勤を合わせて140人ほどでした。
一見、余裕を持って介助にあたれるように思えますが、全職員が施設に常駐しているわけではありません。また、常勤職員全員が生活支援員として現場に立っているわけでもありません。
この障害者支援施設では、夜勤は1人で30人の介助(排泄、おむつ交換)を行うなど、介護施設と同様に過酷な労働環境でした。
他の施設でも、時折、介護職員による虐待が事件となっていますが、入居者による暴力も日常茶飯事という背景はあまり報道されていません。
低すぎるパート従業員の給料
その一方で、事件が起きた障害者支援施設のパート従業員の給料は時給970円~1070円、夜勤専門生活支援員は時給905円と、同地区のコンビニアルバイトより低かったことが明らかになりました。ちなみに、時給905円とは神奈川県内の最低賃金となっています。
辞めたいけど辞めることが出来ない葛藤
福祉の仕事を全く知らない人は「じゃあコンビニのアルバイトをやればいいのでは?」と思うことでしょう。
しかし、自分が辞めて取り残される利用者や入居者。また、同僚の負担が増えるといった理由で、葛藤しながら働き続けている人も少なくありません。
職員のメンタルケアも重要な課題
今回の事件は、容疑者の身勝手な思想が主な犯行動機と報道されています。
しかし、福祉業界で働く職員の労働環境や給料など待遇の悪さに加え、この苦労を社会から認めてもらえないといった悔しさも犯行に至った要因のひとつなのでは?といった意見も多く見受けられます。
人の命を預かるという責任重大な職業にもかかわらず、最低賃金で職員を募集するしかない日本の福祉業界。国を挙げた処遇改善が難しいのであれば、せめて職員のメンタルケアを優先課題として、即急に取り組んでもらいたいと感じました。
写真提供:BBC